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─7─ 別れ、そして……

Author: 内藤晴人
last update Last Updated: 2025-03-22 20:30:00
年が明けても、ボクらの生活は変わらなかった。

相変わらず彼は神官の長衣を着こんで、いつ終わるともしれない作業を続けている。

そしてボクは、寝台に丸まってそんな彼の姿を見つめている。

ふと、かりかりというペンが紙を削る音が止まった。

あわてて顔を上げると、彼が立ち上がり扉の方へ向かうのが見えた。

何事だろう。

瞬きするボクをよそに、彼は無言で扉を開く。

と、そこには、何やら包みを抱えた殿下が立っていた。

「どいてくれ。とにかく、中に入れろ」

「……わざわざのお運び、どういうことだ?」

そう言う彼の口元には、どこか斜に構えた笑みが浮かんでいる。

そう言えば孤児院からの帰り道で……。

「宴会、宴会。それがすんだら茶話会。一体あいつらは何を考えているんだ? まったく、ただの無駄遣いとしか思えない!」

殿下は深窓のお姫様らしからぬ大股で入って来るなりそう言い放つ。

扉を閉める彼に向かいテーブルの上にある物を片付けるよう、視線で命令した。

大当たりだろ? とでも言うようにボクを見てから、彼はテーブルの上を占領していた本と紙の束を寝台の上へと移動させる。

そうしてできあがった空間に、殿下は持ってきた荷物を広げ始めた。

銀の食器にティーセット。

もちろんそれは空ではなく、温かい湯気のたつ料理や菓子で満たされていた。

「……茶話会と宴会は無駄遣いと言ったのは、どこの誰だ?」

「さて、どこの誰だったかな」

そうはぐらかしてから、殿下は皿の一つを手に取り、寝台の上で固まっていたボクに歩み寄る。

そして、これはお前の分だ、と言って、それを床の上へと置いた。

「……わざわざ作らせたのか?」

「人間だけ食べて、こいつだけお預けという訳にもいかないだろう? 猫好きの侍女に教えてもらって、私が作った」

さて、遅まきながら新年の祝いといくか。

そう言う殿下を彼は呆れたように眺めていたが、やがてあきらめたようにつぶやいた。

「まるで、ままごとだな」

「腐るな。私の命令だ」

皿と殿下、そして彼をボクは代わる代わるみつめる。

やれやれ、とでもいうように彼がうなずくのを確認してから、ボクはすとん、と床へ降り立った。

「さて、始めるか。無礼講で構わないぞ」

「……酒も無いのに?」

「お前に酒は危険だ」

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